導入
血液培養陽性時の初期対応において、Gram染色は極めて重要な役割を担っています。
感染性ショックを引き起こす菌血症(BSI)の原因菌を迅速に特定することは、患者の予後改善に直結するためです。
近年では、Verigeneなどの迅速な分子同定法も普及していますが、それらの多くはGram染色の結果に基づいてパネルを選択する必要があるため、現場での顕微鏡観察は依然として不可欠です。
ただし、Gram染色標本の読影には専門的な知識と時間を要し、読み誤りや見逃しのリスクも無視できません。
本研究では、こうした課題を克服するために、Gram染色の全スライド画像(WSI)を対象とした自動分類AI「GramViT」の開発と、その有効性が報告されています。
研究の要点まとめ
- AI手法
- Vision Transformer(LongViT)を用いたWSI分類モデル
- 新バイオマーカー
- N/A
- 精度指標
- AUC 0.952
- 感度 0.857
- 特異度 0.965
- 解釈性
- 自己注意機構により、細菌の存在領域に着目したスライド分類を実現
- 結論
- 「GramViT」は手作業によるパッチアノテーションを不要とし、Gram染色スライド分類の高精度かつ汎用的な自動化を可能にする
研究概要
この研究では、Gram染色WSIの分類自動化を目的として、Vision Transformerベースの新規モデル「GramViT」を提案し、その性能評価を行いました。
従来のCNNベース手法では、小領域ごとに手動でアノテーションしたパッチが必要でしたが、本研究の手法ではWSI全体のラベルのみで学習が可能です。
対象データ
症例数 | 475枚の血液培養由来Gram染色WSI |
検体種 | 血液培養陽性検体 |
施設・国 | Dartmouth-Hitchcock Medical Center(米国) |
研究デザイン | 回顧的観察研究(学習・検証・テストに分割) |
モデル構築
モデル | Pretrained LongViT + Linear Classifier |
データ分割 | 5分割のnested cross-validation(60%訓練、20%検証、20%テスト) |
パラメータ最適化 | クロスエントロピーロスによるfine-tuning。クラス不均衡補正あり |
AIの解析内容
- 特徴量重要度
-
LongViTに内在する自己注意(self-attention)機構により、診断上重要なスライド領域が自動的に選択されます。
- Explainability
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「gram-positive cocci in clusters」や「gram-negative rods」など、出現頻度の高い形態においては識別精度が非常に高く、注目領域と分類結果が一致しています。
本モデルでは、40倍拡大画像から抽出された4,096×4,096ピクセルの大きな領域を単位として学習を行い、従来の小パッチ手法(224×224ピクセルなど)と比べて、ラベルとの対応精度が向上しています。平均して1スライドあたり300〜700の領域が抽出され、その中から1領域を学習に使用します。テスト時には、すべての領域に対する予測結果を平均化して、スライド単位での判定を行います。
DHMCデータセットでの分類精度は0.857、AUCは0.952でした。また、外部のStanfordデータセット(27スライド)およびHeidelberg大学が提供するMHUデータセット(1,000画像)においても、それぞれAUC 0.865、0.951と、高い汎用性を示しました。
検査技師の視点での注目ポイント
- AIはスライドスキャナから取得したWSIを入力とするため、スキャン済みスライドの解析に適用可能。夜間のバッチ処理などと組み合わせることで、検査効率の向上が期待される。
- 高倍率での手動観察に要する時間と労力を削減可能。特に「菌なし」や「染色不良」スライドの自動判定は有用。
- GramViTは、分類の前処理として背景ノイズや染色不良スライド(例:ピントずれ、色抜け)を除外する機構を備えており、染色工程の品質管理にも応用できる。
- 現在は主に単一クラス分類に対応しているが、将来的にマルチラベル分類(例:Gram陽性球菌+Gram陰性桿菌)に対応すれば、混合感染の早期検出にもつながる可能性がある。
- 人的リソースが限られる夜間や休日においても、AIによる一次スクリーニング結果を確認できるため、業務負担の軽減が期待される。
- スライドスキャナとGPU環境が必要であり、画像の読み込みから解析完了まで約16分/件を要するため、即時性が求められる場面では課題が残る。
今後の課題とまとめ
本研究では、Gram染色標本に特化したVision Transformerモデルを用いることで、病原体の形態分類精度を向上させると同時に、アノテーションを必要としない学習パイプラインを確立しました。
今後の課題としては、特に出現頻度の低い菌種を中心とした学習データの拡充、他施設や異なる染色条件へのさらなる汎化、スライド前処理(アーチファクト検出)の自動化などが挙げられます。
また、血液培養や髄液など迅速報告が求められる標本に対しては、WSI(全スライド画像)に代わるカメラ撮影画像での運用も検討されており、今後の展開が期待されます。
参考文献
McMahon J, Tomita N, Tatishev ES, et al. (2025) A novel framework for the automated characterization of Gram-stained blood culture slides using a large-scale vision transformer. J Clin Microbiol 63(3):e01514-24.
DOI: 10.1128/jcm.01514-24