導入
急性骨髄性白血病(AML)の診断には、骨髄中の芽球割合、免疫表現型、染色体異常や遺伝子変異といった分子情報を総合的に評価する必要があります。
なかでもフローサイトメトリー(FCM)は、迅速な初期診断に欠かせない技術ですが、補正やゲーティング、データの解釈に高度な熟練を要するため、検査技師や医師の手作業に大きく依存しています。
本研究は、FCMデータの解析に深層学習を活用し、AMLの診断および分子異常の予測を自動化することを目指した、初めての報告です。
用いられたのは、可視化が可能な深層学習分類モデル「Attention-based Multi-Instance Learning Models(ABMILM)」です。
診断に加えて、CDマーカーの発現と遺伝子異常との関連性も可視化できるという、新たな臨床応用の可能性が示されました。
研究の要点まとめ
- AI手法
- Attention-based Multi-Instance Learning Models(ABMILM)
- 新バイオマーカー
- CD123
- CD10
- CD38(特定の転座と関連)
- 精度指標
- AUC 0.961(急性白血病の検出)
- AUC 0.965(AML vs ALL分類)
- 解釈性
- AttentionスコアとPredictive Power Score(PPS)により、マーカーの診断的寄与を可視化。
- 結論
- フローサイトメトリーだけでAML診断と主要な分子異常を高精度に予測可能で、解釈可能性も確保された。
研究概要
本研究では、フローサイトメトリー(FCM)データを用いて、急性白血病の診断およびAMLにおける分子異常の予測を行う深層学習モデル(ABMILM)を開発しました。
対象となったのは、2019年から2022年にBrigham and Women’s Hospitalで採取された血液または骨髄検体1820件で、初診例だけでなく治療前後の症例も含まれます。
ABMILMは、サンプル内の各細胞イベントに「重み(attention)」を付与し、診断に重要な細胞群に注目して分類を行うのが特徴です。
まず、急性白血病の有無を判定するモデル(AUC 0.961)を構築し、続いてAMLとALLを鑑別するモデル(AUC 0.965)を開発しました。
さらに、AML症例に対しては、9種類の染色体異常と32種類の遺伝子変異の有無を予測する個別モデルも構築されました。
なかでも、t(15;17)(PML::RARA)、t(8;21)(RUNX1::RUNX1T1)、NPM1変異に対しては、特に高い予測精度が得られました。
対象データ
症例数 | 1820(AML 568、ALL 168、非白血病 732) |
検体種 | 末梢血および骨髄 |
施設・国 | Brigham and Women’s Hospital(米国) |
研究デザイン | 後ろ向き観察研究(診断・追跡含む) |
モデル構築
モデル | ABMILM+エンコーダ+MLP(最終層) |
データ分割 | 5-fold cross-validation(訓練80%、検証20%) |
パラメータ最適化 | 50回のランダムサーチ+early stopping適用 |
AIの解析内容
- 特徴量重要度
-
フローサイトメトリーの各イベント(細胞)ごとに割り当てられたattention値を可視化することで、診断において重要な細胞集団を特定することができます。
- Explainability
-
CD15、CD19、CD123といったマーカーは、高いPredictive Power Score(PPS)を示し、モデルの予測に大きく寄与していることが示されました。
モデルは、従来注目されてきたCD45-dim/CD34陽性/HLA-DR陰性といった古典的AMLマーカーよりも、CD123、CD10、CD38といった、これまであまり重視されてこなかったマーカーを活用することで診断精度を向上させました。
特に急性前骨髄球性白血病(APML)の症例では、CD34陽性という非典型的な表現型にもかかわらず、t(15;17)(PML::RARA)転座を正確に予測することに成功し、Attentionにより新たな分子マーカーとの関連性を示唆しました。
attentionの可視化によって、診断に寄与する細胞イベントが視覚的に明示され、医師にとってもAIの判断根拠が直感的に理解しやすくなっています。
検査技師の視点での注目ポイント
- CD45、CD34、CD13、CD33といった従来のFCM検査項目に加え、CD123、CD10、CD38の発現が診断において重要視された点は非常に興味深い。
- 熟練者の主観に依存していた解析工程が削減され、初学者でも一定の診断精度を得ることが可能に。
特に、除外判断や難症例への対応で有効性が高い。 - これまで熟練者でなければ対応が難しかった例外的なパターンに対しても、AIによる補完が可能となる。
- 分子異常の予測が可能になることで、早期の治療選択につながり、治療成績の向上にも貢献が期待される。
- 外部精度管理においては、標準症例に対するAIの出力結果と人間の判断を比較することで、検査技師間のばらつきを客観的に評価・是正できる。
- 明らかに正常と考えられるFCMパターンをAIが自動的に「非白血病」と判定できれば、初期トリアージの段階で熟練技師のレビュー対象を絞り込み、業務効率の向上につながる。
- チーム医療の中で、検査技師の役割が「数値の報告者」から「診断を支援する専門職」へと進化するきっかけとなる可能性がある。
今後の課題とまとめ
本研究は、Attention-based Deep Learningを用いて、フローサイトメトリー(FCM)データのみでAMLの診断と分子異常の予測を可能にした初めての報告です。
診断精度と可視化(Explainability)の両立に成功しており、今後の臨床応用に向けた新たな技術的基盤を築いたと言えます。
今後の課題としては、再発例や微小残存病変(MRD)への対応、パネル構成の多様化への適応が挙げられます。
さらに、細胞形態データとの統合(例:CNNとの連携)により、診断精度のさらなる向上が期待されます。
AIによる診断支援が、検査技師や医師の業務を補完する実用的なツールとして現場に導入される未来が、いよいよ現実味を帯びてきたことを示す研究と言えるでしょう。
参考文献
Joshua E. Lewis et al. (2024) Automated Deep Learning-Based Diagnosis and Molecular Characterization of Acute Myeloid Leukemia Using Flow Cytometry. Modern Pathology 37:100373.
DOI: 10.1016/j.modpat.2023.100373