導入
深部静脈血栓症(DVT)は、肺塞栓症や後遺障害を引き起こす可能性のある重篤な疾患であり、迅速かつ正確な診断が患者の予後に大きく影響します。
通常、DVTの診断には圧迫超音波検査が用いられますが、撮像および読影には高度な専門技術が求められるため、検査技師や放射線科医の人的リソースを多く要するのが現状です。
近年、こうした課題に対する解決策として注目されているのが、POCUS(Point-Of-Care Ultrasound)です。
これは医師や医療従事者が診察や処置の場でそのまま実施できる超音波検査であり、迅速な意思決定を支えるツールとして多くの現場で導入が進んでいます。
一方で、POCUSは操作者の熟練度に依存する側面が大きく、検査精度にばらつきが出やすいという課題もあります。
本研究では、非専門者がAIガイド付きの超音波システムを用いてDVT検査用のPOCUS画像を撮像し、それを遠隔地の専門医が読影するという、新たな診療体制の有効性が検証されました。
AIとPOCUSを組み合わせることで、専門職に依存せずに質の高い検査を可能にする医療モデルが実現しつつあり、これは臨床検査技師にとっても今後の業務に直結する重要な知見といえるでしょう。
研究の要点まとめ
- AI手法
- ThinkSono Guidance(プローブ位置や圧迫手順をリアルタイム誘導するAIガイドアプリ)
- 新バイオマーカー
- N/A
- 精度指標
- AUC N/A
- 感度 90〜98%
- 特異度 74〜100%
- 解釈性
- 画像圧迫性・画質スコアに基づき評価。説明可能性は医師の読影結果を中心に議論。
- 結論
- AIガイド付き超音波撮像は、非専門者によるDVTスクリーニングに有効であり、医師による遠隔レビューを介することで専門的診断に近い精度を実現しうる。
研究概要
この研究では、AIを活用した超音波撮像支援システムを用いて、非専門の看護師が下肢のDVT疑い患者をスキャンし、その画像を専門家が遠隔で診断する手法の有効性を検証しています。
対象データ
症例数 | 381例 |
検体種 | 下肢超音波画像(大腿静脈・膝窩静脈) |
施設・国 | 英国11施設(NHS病院) |
研究デザイン | 多施設前向きシングルアーム二重盲検パイロット研究 |
対象はDVTの臨床症状を有し、検査が必要と判断された18歳以上の患者。
妊娠中期以降や既往DVT症例は除外。スキャン画像は5名の英放射線科医および米国救急医(POCUS認定)により、独立かつ盲検で評価されました。
モデル構築
モデル | AI画像誘導アプリ(ThinkSono)+遠隔読影医によるレビュー |
データ分割 | 全患者のスキャンを複数読影者でレビュー(ブートストラップ解析あり) |
パラメータ最適化 | 非該当(AIモデルのトレーニングではなく、運用検証) |
AIの解析内容
- 特徴量重要度
-
本研究で用いられたAIは、プローブの位置や圧迫のタイミングをリアルタイムでガイドする機能を備えており、撮像された画像の品質に大きく関与する要素として働いています。
- Explainability
-
画像の診断可能性は、ACEPスコア(1〜5段階)に基づいて評価されました。
これは構造物の視認性や技術的な完成度に基づく客観的な指標であり、スコア3以上が診断に十分な品質と見なされています。
特に米国救急医(EM医師)による評価では、画像の80%がスコア3以上と判定され、圧迫の可否に関する評価の一致率(Cohenのκ)は0.67と高い水準を示しました。
ブートストラップ法による解析では、EM医師群において感度は95〜98%、特異度は97〜100%、陰性的中率(NPV)は99%、陽性的中率(PPV)は81〜100%と、非常に高い診断精度が確認されました。
一方、放射線科医群では感度90〜95%、特異度74〜84%、PPVは30〜42%とやや低い傾向が見られました。EM医師の方がPOCUS画像の読影に習熟しており、その結果として評価の一貫性(圧迫評価のκ=0.67)も高かったと考えられます。
ACEPスコアとは、超音波画像の品質評価スケールであり、救急現場でのPOCUS画像の「診断可能性の程度」を数値で評価するための指標です。
1点 | 不可 | 構造物が全く認識できず、診断情報なし |
2点 | 不十分 | なんとか構造が見えるが、診断には使えない |
3点 | 診断可能 | 構造物は認識でき、最低限の診断は可能 |
4点 | 良好 | すべての構造物が明瞭で診断を強く支持する |
5点 | 優秀 | 構造が非常に明瞭で、診断に最適な画像 |
検査技師の視点での注目ポイント
- 対象は2点圧迫法(大腿静脈および膝窩静脈)の画像取得であり、AIガイドがプローブの位置や圧迫の強さ・タイミングをリアルタイムに指示するため、高度な熟練は必要とされない設計となっている。
- 迅速にDVTを除外できることで、不必要な抗凝固療法や検査入院を避けられる可能性があり、医療安全の向上にもつながる。
- 画像の品質や読影結果にはばらつきが残っており、特に放射線科医による画像評価の一致率(κ=0.15)が低いことから、今後は読影トレーニングやAIによる読影支援の導入が検討される。
- 初期スクリーニングを検査技師が担い、その後の読影を遠隔の医師が行うハイブリッド体制では、検査技師がトリアージ判断の起点として重要な役割を果たすことができる。
- ACEPスコアなどの画像品質指標を用いることで、再現性のある検査品質保証体制の構築が可能となり、検査の標準化にも寄与する。
- 本システムは教育ツールとしての活用も期待され、POCUSや画像取得技術の研修用途にも応用が可能である。
今後の課題とまとめ
本研究は、AIによる撮像支援と遠隔読影を組み合わせた、実際の臨床運用に近い形でDVT診断の有用性を検証した意義深い試みです。
特に、POCUSに習熟した救急医による読影では非常に高い精度が得られ、従来の専門医による超音波検査の最大約50%を削減できる可能性が示されました。
AIはあくまでプローブ操作の支援にとどまり、最終的な診断判断は医師が担うという構造も、現行の医療体制との親和性が高く、現場への導入が現実的なアプローチといえます。
今後は、双方向でのリアルタイム読影支援や、画像取得AIと診断AIの統合によって、さらなる診断精度と業務効率の向上が期待されます。
臨床検査技師としても、POCUSやAIツールに関する基礎知識を身につけ、それらを活用したトリアージ戦略を構築・提案できる力が求められる時代に入ってきています。
参考文献
Speranza G et al. (2025) Value of clinical review for AI-guided deep vein thrombosis diagnosis with ultrasound imaging by non-expert operators. npj Digital Medicine 8:135.
DOI: 10.1038/s41746-025-01518-0