AI時代が到来し、医療のあり方が急速に変わりつつあります。
臨床検査技師として「機械学習なんて専門外」と思われる方もいるかもしれませんが、実は検査データの自動解析や異常値検出など、検査業務に密接にかかわる分野で大きな進歩が見られています。

私は臨床検査技師として働きながら、一般社団法人ディープラーニング協会のE資格を取得し、AI分野にも深く携わっています。
本記事では、AI導入によって臨床検査技師の役割や働き方がどのように変わるのか、また専門知識をどのように活かしていけるのかを分かりやすく解説します。
あなたが持つ「検査の目」を武器に、最新技術とタッグを組み、進化する医療現場で求められるスキルを身に付けてみませんか。


機械学習とはなにか?
実は、コンピュータが経験(データ)から学ぶ仕組みのこと。
私たちはプログラムに手順やルールをひとつひとつ指定してきましたが、機械学習では“豊富なデータを元に、コンピュータ自身が最適な規則を見つける”のです。
この作業は、臨床検査にたとえると“新しい検査法を校正(キャリブレーション)・検証して実用化するイメージに近いといえます。
たとえば、多数のサンプルや基準データを用いて測定系を補正するように、機械学習モデルも大量のデータ(症例や検査結果など)をもとに精度を上げていきます。
従来の数値的な分析だけでは得られなかった複雑なパターンを見抜けるため、検査の自動化や効率化だけでなく、見落とされがちな異常の早期発見といったことが可能になります。
機械学習で何ができるか
機械学習の強みは「データからパターンを自動抽出し、多彩な判断や予測をサポートできる」点にあります。臨床検査の現場では、以下のように幅広い領域で活用が進んでいます。
- 異常検知・分類(診断支援)
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熟練者でも判断が異なることが多い塗抹標本の形態分類にも画像解析と機械学習が応用され、ばらつきを減らす一助となっています。さらに、病理画像や細胞像にディープラーニングを導入し、早期のがん診断などへつなげる取り組みも進んでいます。
- 画像解析(検査画像の読影支援)
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超音波検査の心機能評価では、AIが熟練検査技師の評価を上回る精度を示す例があり、読影のばらつきを減らす効果が期待されています。顕微鏡画像でも、尿中有形細胞の分類やグラム染色像からの菌種推定がAIで可能になり、培養を待たずに初期治療を最適化できる可能性があります。
- 予測・リスク評価
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多数の検査データを分析して将来の疾病リスクを予測する研究も行われています。今後は蓄積された医療ビッグデータをAIが解析し、予防策の提案や個別化医療(テーラーメイド医療)への応用が本格化すると考えられます。



臨床検査室には膨大なデータが集まるため、そこから新たな知見を引き出す機械学習の導入は、検査技師の専門性をより高める大きなチャンスにもなっているのです。
機械学習モデルの仕組み(学習アルゴリズムの紹介)
機械学習の内部は、臨床検査技師にとって未知の領域かもしれません。ここでは専門用語をなるべく簡単に解説しながら、ブラックボックスに見えがちな「モデル」について直感的に理解していただくことを目指します。
学習とモデル
機械学習では、「データを使ってモデル(判定基準)を作る」という考え方が基本です。
これは「過去の症例データと、その正解情報(疾患の有無など)をもとにルールを学習し、未知の患者にも適用できるようにする」仕組みです。
たとえば貧血を自動判定するとき、人間がヘモグロビン値や赤血球指数の閾値を決めるのではなく、コンピュータが大量の症例から最適な閾値や判定ロジックを“自動的に見つけ出すイメージです。これを教師あり学習と呼びます。
一方、ラベル(正解)のないデータから特徴的なパターンや異常値を発見する方法を教師なし学習と呼び、クラスター分析や外れ値検出などに用いられます。



どちらも目的やデータの種類によって使い分けられますが、仕組みまですべて理解する必要はありません。
まずは「問題に合わせた手法がいろいろある」と認識しておきましょう。
モデルの種類と用語
機械学習にはさまざまなアルゴリズムが存在します。ワードを簡単に押さえておくと、後の学習がスムーズになります。
- 決定木(Decision Tree)
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if-thenルールの分岐で分類するシンプルな手法です。木構造の分割をたどれば診断根拠がわかりやすく、臨床検査で言えば「ある検査値が基準を超えたら次へ」というフローチャートに似ています。
- ニューラルネットワーク / ディープラーニング
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“人の脳の神経回路”を模した構造を持ち、画像認識や複雑なパターン抽出が得意です。病理画像や形態学的評価など高度な領域で力を発揮します。
- サポートベクターマシン(SVM)、ランダムフォレスト
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他にも多彩な手法があります。それぞれ特性や向き・不向きがあるため、目的やデータ量、必要な解釈度に応じて使い分けられます。
モデルの評価と精度
機械学習モデルがどれだけ正確に機能するかを測るために、**感度(Sensitivity)や特異度(Specificity)**といった指標が用いられます。これは臨床検査の精度管理でおなじみの概念とほぼ同じです。
- A正確度(Accuracy)
- 全症例のうち、正しく判定できた割合。
- 感度(Sensitivity)
- 実際に疾患がある人を正しく拾える割合。
- 特異度(Specificity)
- 疾患のない人を誤って陽性扱いしない割合。
必要に応じてROC曲線やAUCなどを使うこともあります。いずれも「モデルの良し悪しを客観的に測る」ための道具であり、医療AIも新たな検査法を導入するときと同様に厳密な評価を受けています。
こうした仕組みを知るだけでも、「単にブラックボックスに頼る」のではなく「科学的根拠に基づいてモデルを使う」姿勢を持てるようになるでしょう。
データの質と偏り
機械学習モデルの性能は、「どんなデータで学習させたか」に大きく左右されます。データに偏りや誤差が多いと誤ったルールを学習してしまうこともあり、臨床検査でいうと“不適切なサンプル前処理”や“校正不足”のまま機器を使うようなものです。
そのため、開発の段階ではデータクレンジング(ノイズや異常値の除去、欠損補完など)やバイアスのチェックが欠かせません。これは臨床検査技師が普段から培っている品質管理の考え方と同じであり、むしろ技師ならではの視点がAI開発の品質向上に生かせる領域ともいえます。
こうしてみると、機械学習の“学習”プロセスは、臨床検査での試薬や機器の校正・検証といった工程に通じるところがあります。未知の領域に思えるかもしれませんが、本質的には「より質の高いデータ」を活用し、「妥当性を評価する手順」を経ることで、安心して使えるモデル(判定基準)を作り出す取り組みです。
検査技師が元々備えている品質管理の視点やデータの扱い方は、機械学習を適切に運用するうえで大きなアドバンテージになるはずです。



検査技師が元々備えている品質管理の視点やデータの扱い方は、機械学習を適切に運用するうえで大きなアドバンテージになるはずです。
具体例:機械学習による貧血分類
理論や概念を一通りおさえたら、実際に機械学習がどのように動くかを見てみましょう。ここでは、臨床検査技師にとって身近な「貧血の分類」を題材に、データ準備からモデル構築・評価、そして臨床応用までの一連の流れを紹介します。
1. 課題の設定
まずは「赤血球数やヘモグロビン(Hb)、MCVなどの検査データから、貧血の有無や種類(鉄欠乏性貧血、巨赤芽球性貧血など)を判定する」という目標を立てます。
従来はMentzer指数などの経験的ルールで鑑別していましたが、機械学習を用いればさらに多面的な特徴量から自動的に判断基準を抽出できます。
2. データ収集と特徴量
次に、過去の患者データから確定診断のついた貧血患者と非貧血の症例を集め、それぞれの検査値(赤血球数、Hb、Ht、MCV、MCHC、など)をモデルに学習させます。
重要なのは「十分な数の症例データ」と「その正確な診断ラベル」が必要なこと。また、異常値や欠損のあるデータの扱いには、日常の精度管理と同様に注意を払います。
3. モデルの訓練
データの一部(たとえば70%)を訓練用に使い、残りをテスト用に分割します。訓練用データをもとに、決定木やランダムフォレストなど好きなアルゴリズムを使ってモデルを構築します。
ここでは「MCVとMCHCが一定値以下なら鉄欠乏性貧血」など、複数の検査項目の組合せから分類規則を自動で学習するイメージです。
4. 性能評価
テスト用データでモデルがどの程度正しく貧血を判定できるか検証します。
精度(Accuracy)が90%、感度85%、特異度88%を達成した、という具体的な数字を示すと、現場感覚で「どれだけ信頼できるか」がわかります。同時に誤判定ケースや人間の判断との一致率もチェックし、モデルの限界や改善点を探ります。
5. 臨床現場での活用イメージ
最後に、完成したモデルを現場でどう使うか考えます。たとえば検査システムと連動し、基準値を外れた場合に「AI判定:鉄欠乏性貧血の疑い」といったコメントが自動出力される仕組みにしておけば、見落としを減らす補助になります。
もちろん最終判断は検査技師が行うため、AIを参照しつつ患者の他の臨床情報や特殊検査結果も併せて確認するという形が望ましいでしょう。



検査技師が日々扱うデータが“モデル”という形で知識化され、貧血判定に生かされる様子をイメージしてもらえれば、機械学習の真価をより実感できるはずです。
モデルの限界:学習した範囲以外は判定できない
機械学習のモデルは、“あらかじめ設定した問題”に対して最適化される仕組みです。
たとえば今回の例で作成したモデルは「貧血の有無やタイプ」を判別することを学習しましたが、輸血の必要性など、別の判断基準には対応していません。
これは、人間が「貧血判定」に関する教師データを与えただけだからです。もし「輸血が必要かどうか」という目的でモデルを作りたいなら、そのためのデータを新たに用意し、もう一度学習させる必要があります。
機械学習の強みは的確な問題設定を行えば高い精度で目的を達成できる点ですが、一方で「学習した目的以外は判定できない」という明確な限界もあるのです。
AI時代の臨床検査技師
ここまで見てきたように、機械学習は決して魔法の道具ではありません。あくまでもデータからパターンを学習する仕組みであり、臨床検査の質と効率を高める“強力なツール”として位置付けるべきものです。ですが、その最終判断を機械に丸投げすることはできず、臨床検査技師の専門知識や倫理観が不可欠である点を改めて強調しておきます。
AI時代においては、検査技師はただ「検査値を出す」だけでなく、AIを活用する役割や、AIを補完しながら“患者説明”や“異常所見の最終チェック”、“他職種との連携”など付加価値の高い業務に携わる機会が増えるでしょう。職種としての幅が広がり、さらなる専門性が求められる可能性も高いのです。
一方で、機械学習モデルを導入する際には、精度だけでなくバイアスの有無や検証結果を厳密に評価し、エビデンスに基づいて導入可否を判断する姿勢が重要です。これは新たな検査機器や検査法を採用する際に、私たち検査技師が常に行ってきたプロセスと同じであり、決して特別なことではありません。



最終的には、「機械学習を理解し、活用できる検査技師」であることが、今後の医療現場で大きな意味を持つようになるでしょう。
まとめ
医療界が日々進化するなか、臨床検査技師も新たな役割を柔軟に担い、AIと共存していくことで、AI時代にも不可欠な存在として価値を提供し続けられます。ぜひ本記事をきっかけに、「明日から何を学ぶべきか」を考え、一歩踏み出してみてください。機械学習への理解が深まるほど、検査データから広がる未来もより明るいものになるはずです。